2009年7月17日金曜日

【ガダラの豚】裏の裏の裏

中島らもの「明るい悩み相談室」は好きだった。

だからというわけではないが、「ガダラの豚」を読んだ。

※ネタバレします




まず、1巻。

内容(「BOOK」データベースより)
アフリカにおける呪術医の研究でみごとな業績を示す民族学学者・大生部多一郎はテレビの人気タレント教授。彼の著書「呪術パワー・念で殺す」は超能力ブームにのってベストセラーになった。8年前に調査地の東アフリカで長女の志織が気球から落ちて死んで以来、大生部はアル中に。妻の逸美は神経を病み、奇跡が売りの新興宗教にのめり込む。大生部は奇術師のミラクルと共に逸美の奪還を企てるが…。超能力・占い・宗教。現代の闇を抉る物語。まじりけなしの大エンターテイメント。日本推理作家協会賞受賞作。


次々に登場する超常現象と、それをバッサバッサと種明かししていくミラクルのトリック暴き。だが、特筆すべきは、トリックを暴けないが騙されない大宇部教授の論理だ。

相変わらず世間は疑似科学に騙されやすい。みんなこれ読めばいいのに、と思った。

疑似科学やカルトを切り捨てる本は少なからずあるが、ガダラの豚は、種明かしをしつつも、けっして啓蒙書ではなく、エンターテイメントなのも素晴らしい。面白い。

全3巻なんだが、この1巻で事件は解決しており、2巻に進むのに間が空いてしまった。

間があいたのに2巻を読もうと決心したのは、気になることがあったからだ。

冒頭、似非じゃない宗教として密教系のとぼけた老僧の修行シーンがある。エピソードとして面白いのだが、本編に全然絡んでいなくて、これがその後どういう意味をもつのかが気になってしかたなかったのだった。




内容(「BOOK」データベースより)
大生部一家はテレビ局の特番取材で再びアフリカへ旅立つ。研究助手の道満、スプーン曲げ青年の清川、大生部の長男納、テレビのスタッフ6名。一行はケニアとウガンダの国境沿いを北上してスワヒリ語で「13」という意味の不吉な村、クミナタトゥに着いた。村民に怖れられる大呪術師バキリの面会に成功した一行は最大の禁忌を犯す。バキリのキジーツの少女を攫ったのだ。危機一髪。ケニアを後にする。日本推理作家協会賞受賞作。


2巻。

舞台は一点してアフリカに。
1巻では、大宇部教授の知識としてだけ語られていたアフリカの呪術が、現実のものとして描かれる。

現実のものとして…というのが、呪いは「本当だ」「嘘だ」という単純な問題ではなく、ただ、少なくとも現実なのだという意味が、この本を読めばわかる。

とは言え、物語は前巻に輪をかけてエンターテイメント。恐ろしく、邪悪な大呪術師も登場し、ついに大量の人死まで出る。犠牲者の多くは物語の中核にはいなかった端役で、ホラー映画なら登場時から死亡フラグがピンコ立ちな感じだが、それにしてもちょっと随分死にすぎじゃない?とも思った。

何せ、1巻ではいろいろアクションもあったけど、ヤクザが数名重傷を負ったくらいで、まともな人物は誰も死ななかったから、そういうもんだと思っていたら、最後の方で一気に。

面白かったけどちょっと怖くなって来た。




3巻。
1、2巻は押し並べて高評価だが、3巻は意見が分かれるらしい。

通訳のムアンギ、テレビクルーたち。6人もの犠牲者を出して大生部は娘を取り戻した。「バナナのキジーツ」の志織を奪いに呪術師バキリは東京に来ている。番組関係者の回りでは次々奇怪な事件が起こる。司会者嬢の惨殺、清川の変死。元・プロデューサーの馬飼は大生部一家と大呪術師バキリが対決する生番組を企画した。光と影、呪いと祈り。テレビ局の迷路でくりひろげられる世紀末スペクタクル大団円。日本推理作家協会賞受賞作。



3巻はのっけから危険な雰囲気。そして、悪い予感通りに、主要な登場人物が次々と、それは惨たらしく死んで行く。

マフィア、ヤクザを手駒に使うバキリの「呪い」は、薬品やトリック、暗示に現実的な武力を駆使した、巧妙だが普通の殺人なのか。それとも、科学を超えた得体の知れない力を本当に操っているのか。

これまで、この作品で、いくつもの呪いや奇跡が、語られては種明かしされてきた。これも、そうなのか?そうかも知れない要素も見える、だがそれだけではなさそうな…

と、不安と期待がないまぜになって読み進む。

はっきり言って、この3巻、人が死に過ぎで酷い。

だが、どうしても気になる。


死の間際、バキリとの対決で清川が見せたのは、本人も長く失っていた、そして作品中で遂に、初めて見せた、本物の超能力ーサイコキネシスなのか?

そうとも思える描写だが、バキリは暗示による幻覚を多用するので、それが現実とも言い切れず、歯痒さが残る。

全編、この調子で、真相は薮の中で行くのかな…と思いつつ、そうではない予感もあった。



何故って。

3巻の半分ほどまで読み進めて、それまでずっと俺が引っかかっていたのは、1巻の冒頭に出て来た、とぼけた密教の老僧、隆心の護摩行のシーン。炎の中に黒い面を見て、覗き込むあまり顔面を火傷して修行に失敗するショボい話なのだが…。

ここで隆心が見たものは、紛れも無く予知の類いに属するものと思われ、これについては、作中で何の種明かしもされていなかった。つまり、「本物の超常」というのが、この作品中にはある、と踏んでいたのだ。


そして遂に、3巻で再び登場した隆心は、バキリの相方であるキロンゾの心臓を法力で潰して倒す。ただ、キロンゾも隆心の脳の血管をねじ切り、相打ちとなる。

このシーン、双方とも敵味方の「主」ではないのだが、しかし、ここから明確に、物語はサイキックバトルの様相を呈し始める。

物語の5/6くらいまではずっと、いかにも超常現象ぽいものを出しては種明かしをして、「結局そんなものはないんだよ」というスタンスだったのが、この土壇場で。

そして最後、バキリと大宇部教授の対決。

ラスト数ページにして、遂に主役の大宇部教授が、覚醒する!


覚醒した大宇部教授は強く、バキリは壮絶な最期を迎え、大団円(かなり多くの人間が死んでいるが)を迎えるのだった。

このラスト、確かに、それまで積み上げてきたものをぶち壊すかのように、一気に荒唐無稽のご都合主義になり、ともすれば、「作者が最期で嫌になって適当に書いたんじゃないか?」とさえ思えるのだが、これはやはり、中島らもの確信犯的なやり口なんだろうと思った。

たくましく成長した息子。
1巻では疲れた主婦だったのが2巻では快活で魅力的で美しい妻となり、3巻では、さらにチャーミングで強いママと、確実にハリウッド映画キャラ的に進化した逸美は、ラストは、無理やりな展開で下着でヤク中の空手男とバトルを演じる。むしろハリウッドではないところで取られるアメリカの映画のようなB級展開。

その逸美もいよいよ力尽きようかというところで、それまでの頼りない姿から一転、圧倒的な力をもって現れる主人公(ハゲでデブの中年で、しかもこの時ズボンを穿いていない)。

「私は目を醒ました。」

たぶん、作者は、これが書きたいがために、前半はひたすら緻密に、堪えて堪えて壮大な前振りをしたんじゃないかなあ。

苦笑気味になるものの、やはり、それでも、結局のところは、3巻の最期も含めて、俺としては喝采ものだった。

面白かった。

2009年7月15日水曜日

【日本沈没】正直、意外な面白さ

なんて言うか、カタストロフィもの?
で、もの凄いヒーローが出て来るわけでもないし、アクションぽいシーンもあるけど半端っていや半端なんだが。

とにかく圧倒的なのは、日本が沈むような超規模の地殻変動が、”あり得るかも知れねえ”と思わせる科学的な裏付けだ。俺は、地震は専門外とは言え、大学では地学分野を専門にしていたから、一般よりはそのあたりの事情に明るいはずだ。それでもそう感じられるくらいに、設定は緻密で飛躍はさりげなかった。

それに、やはり人間の描写がよいのだろう。憧れるようなスーパーヒーローや萌えを誘うヒロインはなくても、上下巻を楽しむことが出来た。



面白かったので映画を見ようかと思ったが、ネットであらすじ見たところ、随分とつまらなそうな気がした。でも特撮はスペクタクルかも知れないからやっぱ見てみようかなあ。